独り歩き
三日目は独りで森の中を散策した。ゲートでマップ付きのガイドブックも買ったし、トレイルにはしっかり印がしてあるので迷うこともない。迷ってもそんな大きな保護区ではないので何処かに出られる。行き止まりだったら引き返せばいいだけだ。逆に知らない小道に入り込む楽しさもあった。
朝の森は格別に気持ち良かった。森の中に入り込む日差しが奇麗で、何かを訴えかけているようにも見えた。さすがに森の小鳥たちはシャイだしあっという間に逃げてしまうので、ガイド無しでの種の同定は難しかった。だからボクはゆっくり歩きながら花や木の付く苔の写真などを撮った。
木漏れ日が差し込む小道
光の当たる苔や茸
カカメガはチョウでも有名な場所らしい。ガイドブックによると、およそ400種類ものチョウ類が生息しているそうだ。確かに林低を見ても、頭上を見ても様々なチョウが飛び交っている。ボクは可能なかぎり写真を撮ろうとしたけど、ヒラヒラと飛び回るチョウの撮影は難しかった。チョウの中にはツバメのような速さで飛んでいく見にも止まらないものもいた。ここはどれだけ滞在しても興味が尽きそうにない。
立ち止まってしばらくじっと耳に手を当てていると、森の中で色々な音がサラウンドで聞こえてくる。比較的見やすいサルの仲間は3種類いるのだが、今ではどのサルの鳴き声か聞き分けることが出きるようになった。
静かに歩いていると、時折森の中を歩く四つ足の音が聞こえた。足跡からすると小型の羚羊の仲間かも知れないが、姿は見られなかった。イノシシの溜め糞のような獣臭がただよってくることもあった。ボクの感覚が鋭くなってきているような気がしてきた。
はじめてカカメガの森に入ったときに感じた、あの涙が溢れそうになった興奮はなんだったのだろう。あの時感じた懐かしさのようなものは、熱帯雨林独特の匂いかも知れない。側でたわわに実るイチジクの木の実を手に取ってみた。この果てしなく甘い香りを嗅いでいてフト思いだしたのは、沖縄の西表島だった。もう10年以上前、ボクはあの島が気に入ってしまい何度も訪れたことがあった。1ヶ月間ほどジャングルや浜辺で独りキャンプをしていたこともある。アフリカ行きを心に決め、最後に西表島を離れるときには「もうしばらくここに来ることが出来ないのだな」という虚しさで胸が一杯になり、涙が出てきたのだった。
もしかしたらボクの気持ちは、カカメガの森の匂いを吸って西表島を思いだし、歓喜したのかもしれない。自分の身体なのにときどきこうやって理由のわからない、表現しにくい感情が内にある。
左上:Cacyreus palemon, シジミチョウの仲間だと思う
右上:Charaxes smaragdalis homonymus, フタオチョウの一種
左中央:Papilio dardanus, オスジロアゲハ
右中央:ハムシの仲間 左下:ハムシの仲間
右下:手の平の上の小さなフンコロガシ
すぐ近くでシロクロコロブスの群れが木の実を食べながら遊動をしていた。ボクは移動する方向を見極めて、写真を撮るために木の根元に腰を降ろした。そして上を見上げながらコロブスがやって来るのをじっと待った。
コロブスが木の実の種を齧るカリコリという音が聞こえる。ガイドのヘンリーが「サルが食べれるものは人間も食べれそうな気がするけど、実際は苦かったり渋すぎて食べれないものが多いんだ」
そう言っていたのを思いだし、この森にふんだんにある果物だけ食べて生きているサル達が羨ましくなってきた。20mほど頭上の木の上は、きっと視界が違うのだろうな。もし自分が彼らのような樹上性のサルの仲間になったなら、このカカメガの森に絶対住みたいな。
などとどうでもいいことを考えているうちに、ボクはそのまま眠りに落ちてしまった。非常にリラックスした旅になった。
しばらくは写真を眺めるだけで、あの時の森の匂いや心地良さを思い出せそうな気がする。また近いうちに再度訪れるつもりだ。