7月のサファリダイヤリー、その2

7日、
[ムシアラ、7:27]
ムシアラのプライドの4頭のメスライオンが、一列になって移動をしている。
盛り上がった丘の上に立つと、辺りを見回した。
その表情は真剣だ。
ライオンの姿を見たインパラの群れが一斉に逃げた。
逃げるインパラに気を留める様子もなく、2頭のメスライオンが「オウッ、オウッ、…」と小さく唸り声を上げ続ける。
仲間を探しているというより、獲物を探しているように見える。4頭ともお腹がぺったんこだ。
唸り声は「諦めないで大きな獲物を探そう」と言っているように思えた。

「何か」を探す、メスライオンたちの鋭い目




しばらくすると今度は別の方向へまた同じように一列になって移動を始めた。
30分くらい追跡したが、獲物となる対象物が現われず僕らは諦めた。でもメスライオンたちはまだまだ移動を続けている。

[ムシアラ、8:37]
湿原の中に30頭ほどのゾウの群れを見つけた。可能なかぎり近づくと、外側にいたオスゾウの鼻の先がピンク色になっているのに気付いた。このゾウも「ハナギレゾウ(鼻の先が短い奇形のゾウ)」だ。
いったいマサイマラにどのくらいの確率でハナギレがいるのだろう。ちゃんと調べている人はいるのだろうか?

ハナギレの個体は必ず鼻の先がピンク色になる。鼻先の突起物が生まれたときからかけているようだ。



[ミリタリ、10:11]
久しぶりにマサイマラ北部へ来た。こちらは西部よりも乾燥しているようだ。
そしてヌーの小群に会う。全部で200頭くらいはいるだろうか。
このヌー達はタンザニアへ大移動をしなかった群れだ。僕らは「レジデンツ」と呼ぶ。

例年なら、今月の中ほどよりマサイマラで有名な「動物大移動」が始まる。200万頭にも及ぶと言われるムーとシマウマの集団が、タンザニアのセレンゲティよりやって来るのだ。
しかし今年は異様なほど草丈が高く、そして乾燥してしまっている。本来、新しい草と水を求めてやってくると言われる大移動はそれでもはたしてやって来るのだろうか。
今のところ、その兆候は見られない。

8日、
[シエニ、16:16]
シエニのプライドの「仲良しメス3頭」が今日も草丈の高い処で寝ている。この暑い中、どうして木の下の木陰で休まないのだろうか?
彼女達を目撃するとき、いつも開けた草原にいるような気がする。案外、草の中ももぐり込むと涼しいのだろうか?
ライオンは群れや個体によって、ずいぶん個性があって興味深い。
ところでこの群れには1頭の子供がいたが、もうしばらく姿を現さないところからすると、死んでしまったのだろう。死因は新しいプライドのオスライオンに殺されたのか、食料不足で飢え死にしたのか分からない。とにかく、昨年末に生まれたこの周辺にナワバリを持つシエニの子供達は全部いなくなってしまった。

[ギラレ前オロ下、17:04]
道端に、大きな角を持ったオスのバッファローの死体が転がっていた。
そばまで近づくと、草の中からオスライオンが顔を出した。頭の部分的に黒いタテガミに見覚えがあった。こいつは以前シエニのプライドのボスだったオスライオンだ。
兄弟オスライオンたちにナワバリと4頭のメスを奪われ、子供を殺されてしまったこのオスライオンは、しばらくずっと消息がわからなかった。ボクは喧嘩したときに殺されてしまったとさえ思っていた。今はナワバリを持たずノマドの存在なのだろうか?

一人暮らしになったオスライオンと、左手に横たわるバッファローの死体。




このオスライオンが1頭でバッファローを仕留めたとは思えない。その証拠に、バッファローの周辺にはハゲワシの羽毛が散乱している。これはライオンが来る前にハゲワシ同士で肉の争奪をした証拠だ。もしライオンが仕留めた獲物なら、満足してその場を立ち去るまでハゲワシに肉を譲るようなことはしない。
このバッファローは角からすると老年なので、自然死か病気で死んだと思われる。この食料の少ない時期、ライオンたちは飛ぶハゲワシの後を追いかけハイエナと同じように腐肉を漁ることもあるとドライバーからも聞いた。
特にこのオスライオンが一人暮らしなら、なおさら腐肉漁りの可能性が高い。
とにかくこのりっぱなオスライオンが生きていて良かった。なんとかあと数週間過ごすことができれば、大移動でヌー達が沢山やって来る。そうなればハンティングは容易くなり、体力をつけて自分のナワバリを取り返すこともできるかも知れない。

9日、
セレナロッジでマネージャーミーティングがあったので同席した。
会議の内容はいつものように多種にわたり、公園徴収料金の使い道やドライバーの教育、地域住民との衝突などをみんなで話し合って最善の方法を取り決めた。
もっぱらボクの気になったことは、これから始まる「動物大移動」の情報だ。
タンザニアにも系列があるロッジマネージャーの話によると、セレンゲティ北部に多数のヌーの群れが順調に北上してきているとのことだ。
公園長の話によると、例年なら毎年7月15日前後に最初の大移動の群れがマサイマラに入ってくるという。昨年は7月14日にきっちりとマサイマラ南部のサンドリバーへ訪れたという。ヌー達はなんて正確なカレンダーを持っているのだろう。
そして今年も観光のために「野火入れ」をするという。野焼きする場所は、現在あまりにも草丈が高くなりすぎた2箇所のエリアで、今月下旬に行う予定だ。野焼きをして新しい草が生えればその場所に、野生動物達があつまりしばらく定着する。計画的なコントロールによって動物大移動が順調に行われるのなら、ボクはこのような人為的な野火入れに賛成したい。

もうひとつ興味深い話を聞いた。昨日見た「一人暮らしのオスライオン」についてだ。
自分のプライドを乗っ取られてしまった元ボスは、もともと保護区境界線に隣接していた自分のナワバリを離れ、保護区外を徘徊していたらしい。そしてハンティングをしやすいマサイ族の牛を殺し始めたのだ。その件数は何件にもおよび、マサイ族は保護区管理局に補償金を求めているという。
今後これ以上被害が及ぶのなら、KWS(ケニア野生生物局)に依頼して撃ち殺す可能性がある。しかし公園長は、そのオスライオンはあまりにも立派なオスなので殺さずに捕獲し、可能なら別の公園へ連れていきたいといっていた。
この会議の中で、そのオスライオンが保護区の中に戻りしたたかに生きているのを知っているのはボクだけのようだった。
ボクとしてはこのオスライオンが殺されるのも移動させられるのも嫌なので、黙っていることにした。