殺して、食べるということ

[8:21,パラダイス前]
サファリカーが10台ほど並ぶところに、探していた「クイーンの娘」という母親と、その子供たち3頭がいた。
サファリカーが離れた所から観察しているのは、ママチーターがトムソンガゼルを狙っているからだ。
子供たちはアリ塚の上で母親の様子を注意深く見守る。
単独でいたオスのトムソンガゼルは、すでにチーターたちに気付いているようで、警戒してじっとママチーターを凝視している。
その間隔は50mある。ボクにはいくらチーターが頑張っても追いつけない距離に思えた。

走り始めた「クイーンの娘」

伏せていたママチーターが唐突に駆け出した。
トムソンガゼルも逃げ出す。ママチーターが自慢の脚力で追いかける。しだいにその差はずいぶん狭まるが、持久力のないチーターではそろそろ限界ではないだろうか。
そう思ったが狙ってか偶然か、トムソンガゼルの逃げる方向は小川の溝があって渡ることが出来ず、急旋回をすることになった。すると、挟み撃ちを仕掛けるようにそこにチーターの子供たちが待ちかまえていた。ついに後からママチーターが倒し伏せた。
こんなにスムーズに狩りが成功してしまってもいいのか、と思うくらいに素早く見事だった。いやはやクイーンの娘は優秀だ。
やってきた子供たちに獲物を譲って、ママチーターは少し離れて横になった。さすがに疲れたのだろう。
これから食事風景が始まるのだろうと思っていると、なんと、子供たちに囲まれたトムソンガゼルが突然起き上がって逃げ出した。まだ息の根があったのだ。

弱ってもなんとか逃げ切ろうとするトムソンガゼル
遊びながら追う子供チーター3頭


慌てて追いかける子供たち。でも逃げ出したトムソンガゼルはそうとう弱っているらしく足腰がしっかりしない。あっという間にまた捕まってしまった。
そこでボクは理解した。ママチーターはわざと獲物の息の根を止めずに子供へ譲ったのだ。
子供に生きた獲物で狩りの仕方を学ばせるつもりなのだろう。そういえば、子供はもうすぐ2歳になる。そろそろ自立するための訓練が必要なのだろう。
子供の1頭はトムソンガゼルの首にしっかり噛み付いて数メートル引きずった。子供も何処に噛み付けば良いのかは分かっているらしい。しかしまだ息の根を止められないでいる。子供が口を放すと、トムソンガゼルが首だけ持ち上げて荒い息をしていた。
「どうせ死ぬなら、一思いにやってくれ…!」と、言いたげなほど悲壮な顔をしている。

捕まえたけどとどめを刺せない


ボクは少々この練習台になってしまったトムソンガゼルのことを気の毒に思っていると、また力を振り縛って逃げ出そうとした。さすがにオトナオスだけあって、トムソンガゼルと言えど見上げた根性がある。
また子供たちに倒された。しばらくしてまた逃げ出す。でもまた捕まる。と、4回繰り返したところでついにママチーターがやってきて、今度こそ息の根を止めてしまった。

 

追いかけ、また捕まえる

 

ついに母親がやってきた、息の根を止めた

子供たちが獲物の息の根を完ぺきに止めることが出来ないのは何故だろうか、観察していて考えてしまった。
アゴの力が弱いのか、それとも、まだ生きているものを殺すということに躊躇があるのだろうか。そう考えると、逃げる獲物は追いかけるくせに、倒れてじっとする獲物をこれからどうしてよいのかわからず立竦んでいる姿が印象に残る。普段、兄弟で追いかけっこして足腰を鍛えても、「とどめを刺す」という行為がどういうものかまだ分かっていないのかも知れない。
殺さなければ食べれない、という意識が行為に繋がったとき、子供たちは一歩、大人に近づくのではないだろうか。
トムソンガゼルの柔らかいお腹の皮が破かれ、子供たちは無心で内蔵に食らいついた。子供たちの顔は血で真っ赤に染まった。
食事中の子供チーターの顔はあどけなさが無くなり、ピリピリとした野生を感じさせる。その顔を観ていて、子供たちが自分で獲物を捕まえて自立する日は、そう遠くないと感じた。

車の下で
顔と手に付いた血を舐めとる子供

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