ゴリラトレッキングその2

[10:20]
ガイドが手に持っていた小型無線で応答するのをやめた。すると前方に数人の人影が見えた。早い時間に僕らより先行してゴリラを探していたトラッカー達だった。ガイドが振り向いて尋ねた。
「カトー、カメラの用意はいいかい?」
つまり、この付近に僕らの探していたゴリラ達がいるわけだ。
トラッカーやポーター、兵士はこれ以上先へは進まない。ガイドとアシスタントと参加者だけがここからゴリラの群れに近づいて行くことになる。背中に背負った荷物は一箇所にまとめ、カメラとフィルムだけを所持する。そして僕らは黙ってガイドの後をついていく。

また少し薮漕ぎをして下へ降りると、森が開けた場所へ出た。山と山の谷間だった。ここには蔓性の植物がお互いに絡みあい、こんもりと盛り上がった茂みをいくつも形成していた。

倒木の上にしがみつく、モンチッチのような子供ゴリラ


[10:32]
僕らは一列になって進んでいた。すると前方の参加者が息を飲んで見つめているものがある。ボクは少し背を伸ばして茂みの向こうにあるものを確認した。それは陰の様に黒いフワフワした生き物だった。それがゴリラだった。
茂みの中から枯れ木が突きだしていて、その上で2頭の子供のゴリラが遊んでいるのだ。子供のゴリラたちは興奮している様子。しかし警戒しているという面持ちではなく、むしろはヒトの出現にはしゃいでいるように思えた。それにしてもなんて可愛らしいのだろう。少し大きな黒いクマの縫いぐるみが動いているみたいだ。
僕らがかたずを呑んで観察していると、その内の一頭が僕らの方へやって来た。

子供ゴリラが近づいてきた


僕らの方をじーっと見つめている。そのうち、びっくりすることがあった。子供ゴリラが一番側にいた白人女性に手を伸ばして触れようとしたのだ。とっさにガイドは「ンンンン!」と、ゴリラに注意を促すように声を発した。すると子供ゴリラは素直にガイドの言うことを聞いたかのように木へ戻って行った。
子供ゴリラは今度は枯れ木に寝そべり、手足を下に垂らしてブラブラさせてみたり、枯れ木に付いた苔を毟っては下に落としたりして「独り遊び」繰り返していた。
[10:40]
まだまだ観ていたかったが、ガイドに促され少し進む。そこで指さされた場所を眺めると、蔓の茂みがわさわさと揺れていた。
「クフ〜〜〜〜」
と言う、溜め息の様な声とともに現われたのは、最初に観た子供たちとは比べ物にならない巨体な上半身だった。尖った後頭部、それに広い背中の毛色は子供達の漆黒とは違う銀色をしている。それがボクの憧れていた「シルバーバック」だった。

シルバーバックの後頭部と背中の一部


シルバーバックと呼ばれる背中の銀色の個体は、12歳以上のオトナのオスにだけ発生する体色変化だ。そして体色変化したオトナオスは普通群れの中に1頭もしくは数頭しかおらず、群れを統率するリーダーでもある。
今僕らの見ている個体が「ムバレ(Mubale)」、通称Mグループと呼ばれる群れのまさにリーダーで、名前は「ルホンデジャ(Ruhondeja)」と言い、現地の言葉で「スリーピー・ガイ」を示すという。
ルホンデジャは本当に身体が大きい。体重は200kg以上あるという。年齢は30歳ほどらしい。
彼は僕らにまったく興味を示さず、背中を向けて茂みに腰掛けている。そして太くてころころした指で頭上の蔓の葉を何枚か千切っては、口へ持っていき食べていた。
ゴリラは完全な菜食主義者だ。およそ100種類の食物レパートリーを持ち、その多種に渡る植物を少しずつつまみ食いをする。そうすることによって毒性のある植物も栄養として身体に取り入れてしまうらしい。
しかしそうは言っても、植物食だけであのシルバーバックの筋骨隆々の身体を維持するとは、にわかに信じられなかった。
しばらくするとルホンデジャはさらに茂みの奥へ入り込んでしまい、姿が見えなくなった。

薮の下を覗く観察者たち


[11:05]
次にガイド達は慎重に山刀で薮を掻き分け、下草を引っぱり上げ、その中を覗いてみろと言う。僕らは代り番こにしゃがみ込んで中を覗いてみた。そこでは茂みに中でメスゴリラ達が菜食していた。ガイドはメスゴリラが小さな赤ん坊を抱えていると言う。良く見ると確かにメスゴリラの周りを世話し回る小さな子供が見えた。その子は興奮して、ポコポコポコと胸を叩いてドラミングをして見せてくれた。なかなか可愛らしい音だった。

薮の中にいる子供


このような茂みの中、ゴリラ達は良く動きまわる。だからボクのデジタルカメラのオートフォーカスでその姿を捕らえるのは難しかった。撮影するなら動きの取れるビデオカメラの方が面白いかも知れない。
来る途中まであんなに疲労していたご年輩の白人の方々はすっかり元気を取り戻し、我先にと争うように身体を乗りだし撮影に没頭していた。
[11:25]
日差しが強くなり始めていた。僕らが薮を掻き分けて出来た開けた場所には無数の小バエが集まってきていた。ハエ達は僕らの皮膚に張り付いては汗を舐めている。時々刺すものもいたがどうすることも出来ない。僕はゴリラが匂いで不快な思いをしないように、防虫スプレーの類いを身に纏っていなかったのだから。
この蔓性植物が生い茂る中、ガイド達の巧みなゴリラへのアプローチも見事だが、ゴリラ達はさらに巧みに茂みへ隠れてしまう。ときにはガイドが茂みに乗り上げて移動しようと試み、ふと動きを止める。
「ああ、なんだここにもいたよ」
ガイドが乗り上げた茂みの真下に、ゴリラが寝そべって寛いでいるときもあった。そのくらいゴリラ達は人に慣れ、おとなしかったのだ。

メスの個体が茂みの中からこちらの様子を窺う

「さて、そろそろここを離れなければいけない時間だよ」
ガイドがみんなに声をかけた。時計を見ると、あっという間に1時間が過ぎようとしていた。
参加者から最後にもう1度だけシルバーバックにアプローチしたいという声がかかり、ガイドがルホンデジャの付近へ近づく道を探してみた。しかしそこはあまりにも茂みの深いところで前進は不可能だった。
諦めかけたとき、ルホンデジャ自ら姿を現してくれた。そしてまたあの銀色の逞しい背中を見せ、移動をしてしいった。
僕らはその背中を見つめ、感嘆のため息を漏らしていた。

シルバーバックの逞しい背中


実に感動的で有意義な1時間だった。
Mグループは全部で8頭いるという。薮に隠れて全ての個体は確認できなかったが、その内の6頭は見ることが出来た。

[11:50]
僕らはまた山の頂上に戻り、持って来たお昼を食べた。そして同じ道を戻り公園管理局のゲートへ戻ってきたのは2時前だった。
こんなに早く戻ってくるのは珍しいらしい。遅いときは5時を過ぎても戻れないときがあるという。僕らは運良く、充分満足できる観察が出来たと思う。

始めてのゴリラ観察で感じたことは、チンパンジーに比べゴリラの性格の穏やかさだった。チンパンジーを観ているとき、ボクは常に緊張が走っていた。チンパンジーの行動を読めるほど観察経験を積んでいないボクは、「人慣れ」していると言えどチンパンジーたちの時々見せる不意の怒りや興奮に何度も身を固まらせたことがあった。それに引き換えゴリラの仕草やその眼差に、ボクは何とも言えない「安らぎ」を感じた気がする。

菜食中のメスゴリラ

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