ゴリラトレッキングその4

ゴリラの新しい糞を見つけた。きれいな緑色だった。
[11:00]
沢に落ちないように斜面に沿って進むと、上からシダの生い茂る場所に点々と黒いゴリラの存在が確認できた。このハビニャンジャAの群れは、18頭もの大きな群れだという。
僕らは例によってそこに荷物を置き、群れにアプローチを開始する。
[11:13]
沢に近いこの場所の土は、深い腐葉土が溜まっており歩きにくかった。足を踏ん張ろうとしても柔らかくてズルズルと滑ってしまうのだ。ボクは日本のいたころ群馬の山村で、きこりのアルバイトをしていたときを思いだした。

林の下で休むメス


最初に会えたのはメスゴリラ達6頭だった。メス達は警戒心が強く、僕らの行動に警戒していた。
「動くときはゆっくりと、なるべく足音を立てないように」
と、ポールから警告があった。そして、赤ちゃんゴリラを見ようと、さらに僕らヒトの群れはゴリラの群れの中へ入っていった。
何処からかドラミングが聞こえたり、バキッと木を倒す音が聞こえる。しかしゴリラの姿は見えない。
[11:36]
そして次に僕らが出会ったのは、ブラックバックだった。シルバーバックになる前の、12歳以下の若オスだ。若いと言ってもそれなりにデカイ。

こちらも睨むブラックバック


ブラックバックは木の下で、じっと僕らの行動を観察していた。アシスタントが山刀で蔓を払って見やすくしようと作業していると、ブラックバックは突然起き上がって突進してきた。アシスタントの目の前まで来て止まると、両拳をどすんと地面に突き立て、肩を怒らせた。それは威嚇のポーズだった。しかしそれ以上手を出すようなことはせず、また木の下へ戻っていった。僕らにこれ以上近づくなと警告したのだろう。けっこう恐かった。
もちろん僕らはそれ以上近づくことはせず、静かに彼の行動を見守った。
ブラックバックは菜食をせず、ただおとなしくしゃがみ込んでいる。こちらを振り向かないが、なんとなく耳をそばだてている感じだ。ときどき手で頭をボリボリ掻くと、その手の平をじっと見つめていた。その行動を何度か繰り返す。なんだかこのゴリラの仕草は、日本の動物園でも見たことがある。しかし一体どういう意味なんだろう。頭のフケを取っているのか、それとも抜け毛を気にしているのだろうか…。

自分の手の平を見つめる


[11:42]
僕らはその怒りやすいブラックバックをそっとしておいて、さらに下の沢の方へ向かう。
2,3歳くらいの、遊び盛りの子供が2頭いた。そしてその子供達を見守るように、もう一頭のブラックバックがいた。

木に登る子供


子供は僕らの目の前でホイホイと木に登る。上まで辿り着くと、勢いをつけてその木を体重でミシミシと押し倒した。どうやらそれは、音による威嚇行為らしい。子供はそれを2度ほど繰り返して見せた。
ブラックバックもときどき、僕らの目の前をぐるっと通り過ぎていく。これも「これ以上近づくな」という警告だろう。子供やオスの方がメスよりアトラクティブな行動を見せる。
ブラックバックは警告行動の後、茂みの下へ潜り、寝っ転がる。地面に仰向けになり、足を枝に乗せて休んでいた。
ポールがブラックバックの気を引こうと、葉っぱを千切って自分の口元へ持っていき、もぐもぐ食べる振りをする。さらに木の枝を手で折って音を出してみたりする。すると時々ブラックバックはこちらを振り向くが、それ以外はずっと仰向けになり上を眺めていた。ボクも上を見てみる。木々の間から蒼い空が見えた。
[11:55]
もうすぐリミットの1時間が経とうとしていた。ポールは僕らにシルバーバックを見せようと、別の場所へ移動しようとした。すると最初に会った怒りんぼのブラックバックがいつのまにか近くまでやって来ていて、僕らのやって来た道を塞いでいた。

道に立ちふさがるブラックバック


しばらく待ってみたがその場を動きそうにない。相変わらず肩を怒らせ、僕らと目を合わせないよう横を向いていた。
アシスタントはその道を通過するのは諦めて、山刀で別の道を切り開こうとする。すると今度は、そちらの方に向かってやって来ようとする。どうにも僕らの邪魔をしたいようだ。ボクはその行為に、マサイマラの「イジワルじいさんゾウ」を思いだしてしまった。
とにかく彼が向きを変えた隙に、僕らはその後ろを通り過ぎることになった。ボクは静かにそしてすばやく、ブラックバックの脇を通り抜けようとする。ブラックバックが横目でボクを睨んでいるのがわかりぞっとした。参加者の1人が立ち止まりカメラを向けようとしたが、
「危ないから、とにかく通り抜けるんだ…!」
と、ポールに促された。

菜食している母親と子供


[12:08]
次に入った場所で、またメスの集団に会う。
目の前のメスは、脇に小さな赤子を抱えていた。母親は興奮しながら赤子を隠そうとした。その興奮に共感したのか、群れ全体が叫び声をあげた。まるでチンパンジーのようだった。

警戒して離れるメスゴリラ。その胸には赤ちゃんを抱く


僕らはあまりに群れの中へ入りすぎたのかも知れない。
肝心のシルバーバックは、さらに下の茂みで動いているようだ。一瞬だけ薮の上から銀色の背中が見えた。ここの群れのリーダーはいつもシャイで人間が来ると隠れてしまう、とポールが言っていた。彼の名前は「ムウィリマ(Mwilima)」と言い、「ダーク・アイ」の意味があるという。その名の通り、瞳が漆黒らしい。しかし残念ながらその顔を眺めることは出来なかった。
[12:20]
薮の中でとつぜん、ムウィリマが走り出した。「ドドドドッ!」と足音を立て、同時にドラミングをしながら、メス達のいる茂みの中へ突っ込んでいった。
ポールにムウィリマは怒っているのか尋ねると、あれは「別の場所へみんなで移動するぞ」と言う合図らしい。
ポール曰く、ドラミングには2つの意味があり、一つは子供達のような遊びのドラミング。もう一つは今のような周りのゴリラたちに、自分に注意しろという誇示行動の役割を果たす意味があるという。
シルバーバックのドラミングは子供達のドラミングに比べ激しく、そして良く通る音だった。アフリカに「ジェンベ」と言うパーカッションがあるが、同じように乾いた音が響き、山に木霊した。ボクはこの音を忘れないでいようと思う。
[12:23]
気が付くと、一時間以上が過ぎていた。この場所から離れなければいけない。今日も満足のいくゴリラトレッキングだった。

この日もボクはブウィンディに1泊した。合計3日間、ゴリラの森で過ごした。ここの森は深く美しく、ゴリラに会えずとも散策するだけで充分楽しそうな公園だ。名残惜しいが、また長い陸路でケニアに帰ることを考えると途中で何度か宿泊しなければいけないので、明日には出発したほうが懸命だった。

ゴリラは想像しているより、ずっとずっと遠慮深くてやさしげだった。誰とも争おうとせず、ただそっと森の中で生きていたい。そんな願いを彼ら自身が持っているように思えた。
またきっと、ゴリラの森を訪れることになるだろう。ウガンダにはもう一つ、「ムガヒンガ国立公園」というゴリラの森がある。こちらはコンゴとザイールにまたがる火山帯に面しており、竹林の中にゴリラがいるという話を聞いた。そちらも気になる。

そしてボクの記憶で思いだされるのは、あの仰向けに寝転がっていたゴリラだ。ボクがマサイマラでよく樹の下で寝る理由は、木々の間から覗く蒼い空と白い雲が好きだからだ。もしあのゴリラもそれが好きなのなら、ボクと気が合うかも知れない。願わくば、いつか彼とひがな一日空を観てみたい。

ジャングルからのぞく空

PS、
このながーい旅行記を最後まで読んでくれた人へ、心からお礼を申し上げます。良かったら感想を聞かせて下さい。
また、実際に「ゴリラの森」へ訪れてみたい。と思われる方も連絡して下さい。よろしければボクにわかる範囲で、もう少し公園の詳しいディテールをお伝えできると思います。